ごめんねの贈り物

「ねえテリー、俺様のこと、好きじゃなくなっちゃったなら、言ってね」
 そう囁いて頬に一粒の涙を転がす恋人を見て、テレンス・ノースモアは、しまったと思った。別に大袈裟な喧嘩をしたわけでもない。強い言葉を使ったのでもない。それでも、テレンスの恋人、アンジェロ・ベッリーニの、桃の肌のように柔らかく傷つきやすい心に大きな疵をつけたということを、テレンスは自覚した。
 ここ最近、特に忙しかった。人外の犯罪者たちが街を跋扈し、罪なき人々を傷つける。そんな出来事が常習化しているこの街で、いつもに増して、多くの事件が突発的に発生していた。犯罪者たちを取り締まる職に就いているテレンスは、この異常事態に瀕して、積極的に現場に赴き犯罪捜査に取り組んだ。彼の信じる『正義』を守るため。当たり前のこと。それをアンジェロも、バディであり恋人であるアンジェロも、応援してくれていると思った。甘えていた。アンジェロが何も言わないことに甘んじて、少しだけ、彼を蔑ろにした。
「ねえ、テリー、俺様さみしい。こっちを向いて」
「アンジェロ。疲れているんだ、放っておいてくれ」
 仕事から帰ってシャワーを浴びたらすぐに寝る。そんな生活をしばらく続けていた。職場では言葉を交わすが、自室に戻ったらほとんど口を利かない。そんな日常だった。そんなある日、アンジェロがさみしそうな表情をして、あのね、とテレンスの袖を引いた。いつものように、放っておいてくれ、もう寝かせてくれ、と言おうとした。そんなときだった。
 アンジェロの瞳から、大粒の涙が転がり落ちていく。
「ごめんね、テリー」
 そう言ってアンジェロは、テレンスに背を向けた。シーツを頭まで被って、くすん、くすんと泣く声が聞こえてきた。やってしまった。テレンスは頭を抱える。
 アンジェロは、テレンスが取り締まる犯罪者と同じく、『ヒトではない』生き物だ。異能を持つのと引き替えに、咎を背負っている。バディであるテレンスと触れ合わなければ苦痛に苛まれるのだ。彼はきっと今までそれを我慢してきた。
「すまない、アンジェロ。気づかなかった」
「いいの」
 そう言って再び、アンジェロはくすんくすんと泣き出した。今度は、テレンスに声が聞こえないように、枕を噛んで。声を殺して。テレンスはそんなことに気づかないほど鈍くも愚かでもなかった。アンジェロは自分に気を遣って、健気に耐えているのだ。
「すまなかった」
 どうしてやるべきか、悩む。何をすれば、アンジェロは、安心できるのだろうか。テレンスは真面目で真摯な男だが、何より不器用な男だった。愛情表現というものに、照れと羞恥心があった。何をしてやればアンジェロは喜ぶだろうか。分からなかった。
「……しばらく眠っていろ」
 テレンスはぶっきらぼうに声をかけ、部屋を出て行った。アンジェロはシーツの暗闇に抱かれ、微睡みに溶けていく。テレンスと手を繋いで、抱きしめられて、愛し合う夢を見る。暖かいけれどさみしい。テリーは忙しいもんね。
 アンジェロがうとうとしているうちに、すっかり時間が経っていた。
「テリー、まだ帰ってない……?」
 もしかして、もう帰ってこなくなっちゃったのだろうか。そんな不安が胸を過ぎる。
「テリー」
 ドアに向かって呼びかける。テリー。ごめんね。帰ってきて。
 再びアンジェロの瞳から涙が零れそうになったとき、部屋の扉が乱暴に開いた。
「アンジェロ!」
 テレンスが両手一杯に紙袋やビニール袋を提げて、部屋に飛び込んできた。
「きゃあ。なあに、それ?」
「これはパンケーキだ。これはぬいぐるみだ。こっちはお前の好きなピザとハンバーガー、りんごのシードル……いや、ノンアルコールだが……それからこっちは新しい絵本だ!」
 どれがいい、好きなものを選べ、と鼻息を荒げるテレンスに、アンジェロは目を丸くした。テレンスは、アンジェロを喜ばせるために、思いつく限りのプレゼントを用意してきたのだった。大きな真紅の薔薇の花束を渡され、アンジェロは思わず笑ってしまう。本当に、不器用で、愛らしい人。
「テリー、ありがとう。でもね、違うの。俺様、もっと欲しいものがある」
「何!? まだ足りなかったか!?」
「あのね」
 両手を荷物で埋めてしまったテレンスの胸元に、アンジェロは飛び込む。
「うお!」
 荷物を置いたり落としたり、もがいて両手を空けたテレンスが、アンジェロの小柄な体を包み込むように抱き留める。アンジェロは、テレンスの背中に、小さな腕を伸ばす。
「テリー。俺様のこと、力いっぱい、ぎゅうっとして。それから、キスして!」
「な……キス!?」
 テレンスは顔を真っ赤にしながら、アンジェロの背中に両手を伸ばす。
 壊してしまいそうなほど、力強く抱きしめる。そして、小さな額に唇を触れさせた。
「こ……こうか!?」
「え~、違うよ!」
 でも、いっか。アンジェロは、テレンスの頬にお返しのキスをした。