命のゆらめき

8:リーハ
空き部屋、溶ける、鈴

誰もいない空虚な空き部屋の中。アスカが身につけた鈴の音がりんと一つ鳴り響いた。

「……ふう、なんとか逃げ延びたか」アスカは一つ息をつくと、その場にどさりと崩れ落ちるように倒れ込んだ。切らした息は冬空の下で、白いもやとなっては宙に消える。

「はあ、はぁ……今日も、生き延びた……」
アスカはレジスタンスの一員で、自分たちの暮らす地域を解放するべく戦いを続けていた。戦いは緊迫しており、いつ誰が襲ってくるか、襲われるか分からない日々が続いていた。

そこで、レジスタンスたちは自らの生存確認をするために鈴を身につけており、その音で居場所が分かるようにしていた。生きていれば動く。動けば鈴は揺れてりんりんと音がする。電気の使えない現状で取れる、数少ない手段がこれだった。

もちろん、音が鳴ることで相手に居場所がバレるリスクはあるものの、多少の危険は避けられなかった。少なくなった仲間たちの命を数えるために必要不可欠だから。

けれども。音は聞こえない。
静寂が孤独な部屋を支配した。

アスカはそんな部屋で、ぼんやりと天井を眺めながら仲間たちのことを空想した。

***

『助けてくれ、ぎぃいいっ!』歯をギリィと強く食いしばり、痛みに耐え抜きながら死んでいく同胞たち。血を流し、声を上げて苦しむ光景。

『やめろぉおおおっ!』アスカはそんな無惨な様子を目の当たりにしながら、声を上げることしかできなかった。逃げなければ死ぬからだ。

終わりのない争いの日々は絶える事を知らない。そんな中で多くの仲間たちが犠牲となった。目の前で看取った者たちだけではない。戦争に出てもいない女、子供……。
多くの人々が命の花を散らしていった。

***

「……どうして、俺は誰も救えないんだ」静かで空っぽな部屋の中にとん、と小さく床を叩き、アスカが悔しそうに涙した。歯を噛み締め、鳴き声を抑えながら泣いた。

アスカは英雄ではない。ただの一兵士にすぎない。ゆえに誰かを救うほどの力なんてない。逃げ延びて、命をかけて戦うことしかできなかった。

ぽた、ぽたりと彼の瞳から雫が落ちて、溶けるように消えていく。アスカはしばらく涙を流し続けた。まるで止み際の雨のように静かに落涙をした後、彼はぐっと服の袖で涙を拭った。

「……休まないと」その枯れた声からは声を張り上げ続けたのであろうことが伺えた。彼は砂埃で汚れたナップザックから、一本の蝋燭と錆びたジッポを取り出す。火をつければ、暗い部屋の中に微かな蝋燭の火が灯った。

空き家の窓があった場所にぽっかりと空いた空洞から差し込む風が灯火をゆら、ゆらりと揺らした。アスカはじぃっとそんな小さな炎を見つめている。

今にも消えそうなその微かな火のゆらめきは、命の儚さを連想させるだろう。それに比べて、空洞の向こうに広がる夜空と星の光はなんと壮大なことだろうか!その明るさは比べ物にならない。

「……いつ襲撃が来るかも分かりやしない。眠れるうちに、少し眠ろう」アスカはナップザックからぼろぼろに掠れた寝袋を取り出した。寝袋のチャックを開く。そして、その中にずりずりとまるで芋虫が這いずるように潜り込んだ。

アスカは瞳を閉じた。間も無くして、彼は死んだように眠りについた。息を立てることもない。側から見ればその姿はまるで命を引き取ったかのようにも見えるだろう。
疲れのあまり、深い眠りについていた。

その隣で静かに、音を立てることもなく火が揺らめいていた。いつ消えるかも分からない、誰かの命のように……。